019 【カテゴリー:教育・日本語】外国語の習得には、その言語の文法と母語に対する見識が不可欠である ③ ~現在完了と『~している』~

前々回に続いて、第二言語を学ぶ際に母語の見識が必要となることを、日本語の表現に焦点を当てて説明し、また一部では英語について考えるときの改善策も提示しています。

 


 

この記事の構成

1.日本語の表現『~している』と英語の現在完了
2.日本語の表現『~なら/~たら』の様々な意味
3.英語の “ even if ~ ” と日本語の『たとえ~でも』
4.まとめ

 


 

1.日本語の表現『~している』と英語の現在完了

 

まずは日本語の『~している』についてです。この表現は《動詞の連用形 + て (又は)で + いる》の形です。『今 考えている』『もう読んでいる』などです。

 

この表現がもたらす意味合いは、国語辞典では『動作の結果の存続』『動作や状態の進行・継続』などと説明されていますが、大雑把にいうと現在進行のイメージ現在完了のイメージと言えそうです。

 

日本人を対象とした英語の教材では、現在進行形で『今~している』『~しているところです』といった日本語訳が使われて、現在完了では『ちょうど~したところ』『既に~してしまった』『まだ~していない』『今までに何回~したことがある』『いついつから~している』などの日本語訳が使われています。

 

そのため『~している』という日本語の表現を見ると、『今~しているところ』という進行の意味を真っ先に思い浮かべる人が多いでしょう。

 

中学3年生で英語の現在完了を初めて習うときは、『5年間 住んでいる』『先週から風邪をひいている』などの【継続】の場合と、『まだ~していない』などの【完了】の否定形でしか、『~している』という日本語は使われません。

 

しかし実際には、『既に~している』の【完了】の場合や『今までに何回~している』『一度も~していない』などの【経験】の場合のように、日本語の『~している』という表現は英語の現在完了を表す際に広く使えます。

 

ちなみに、『~してきた』という表現も『既に~してきた/今までに~してきた/いついつから~してきた』というように、【完了】【経験】【継続】の3種類で使えます。

 

更に、現在完了に留まらず、過去形の疑問文『Did you ~?/~しましたか』に対する応答文 “ No,I didn't. ” では、『いいえ、しませんでした』『いや、しなかった』より『いいえ、していません』『いや、していない』のほうが普通です。

 

この『いや、していない』『いいえ、していません』で出てくる『~している』の否定形は、まさに現在完了の『まだ~していない』『一度も~していない』に通じるでしょう。

 

『彼はまだ寝ている』のように、現在完了と現在進行の両方の意味を含むのようなケースさえ存在します。この例は英語では現在進行形で He is still sleeping. となりますが、『彼』が眠りについたのは過去のことです。過去に眠りについて、今も寝ている。そういう意味では、むしろ現在完了に近いと言えそうです。

 

そしてこれらのことから言えるのは、日本語の『~している』という表現はかなり広い意味を持っていて、現在完了から現在進行まで表せてしまうということです。

 

英語の現在完了を初めて習う中学生に対し、多くの先生が『過去のある時点に始まって現在にも関係していることを表す』と説明をし、過去を表す点・現在を表す点と過去から現在まで続く矢印を用いた あの図を使いますが、4つの【用法】を厳密に区別し、更に日本語訳まで完全に分けてしまいます。

 

これでは、『過去のある時点に始まって現在にも関係していることを表す』というのがどういうことなのか、解りにくくなるでしょう。

 

それよりも日本語の『~している』『~してきた』を併用したほうが分かりやすいのではないでしょうか。この日本語訳であれば、【完了】【経験】【継続】で共通して使うことができて、『過去のある時点に始まって現在にも関係していることを表す』というイメージもつかみやすくなるはずです。

 


 

英語の現在完了も日本語の『~している』『~してきた』も、単独で用いると意味が曖昧になる可能性はありますが、英語の現在完了では already / yet / just / before / ever / never / since ~ / for ~ などの言葉を、日本語では『既に・まだ・ちょうど・以前・今まで・一度も・~以来・~の間』といった表現を添えて意味を区別しています。

 

これらの表現があれば、意味が曖昧になることもなくなり、現在進行形や過去形との区別もつくはずです。この区別がつかないのであれば それこそ英語以前の問題であり、国語教育の失敗を意味します。

 

 


 

2.日本語の表現『~なら/~たら』の様々な意味

 

続いて、仮定などを表す日本語の表現『~なら/~たら』についてです。

 

多くの人が真っ先に思い浮かぶのは、仮定を表す『もしも~なら』でしょうが、国語辞典で調べなくても、考えてみると複数の意味があることが分かります。

 

① 明日 晴れたら / 晴れなら

これは明らかに仮定の意味を表す例で、英語なら if を用いる場面ですね。

 

② 万が一~なら / 仮に~だとしたら

これは起こる可能性が低いことを仮定しており、英語では if ~ should / if ~ were to などの仮定法を用いる場面です、

 

③ 私なら / 私だったらそのようなことはしない。

これは英語では if の節を伴わない仮定法です。I whould not do such a thing.

 

では、次の例はどうでしょう。

 

④ ペンならここにあるよ。/ ペン?それならここにあるよ。

ここでの『なら』は①②③の『なら』とはだいぶ異なるニュアンスと言えそうです。『それなら』自体は仮定の意味がありますが、『ペンがあるなら』という仮定ではありません。

強いて仮定の意味だと定義するのであれば『ペンについて言うなら』と解釈できなくもないですが、この点については人によって見解が分かれるでしょう。

そもそも『~について言うなら』が仮定の意味だと定義できるかも危ういです。仮定というより文の主題、旧情報と言えそうです。

 

⑤ 着いたら電話して。/ 読んだら返して。

これは、着くこと/読み終えることを前提としているので、この『たら』『だら』は仮定ではありません。英語では when を使う場面です。

『着いたなら』『読んだなら』に換えると、仮定の意味の場合もありそうです。また『一人で行ってみて辿り着けなかったら電話して。』なら明らかに仮定の意味になりますね。

そもそも『なら』と『たら/だら』で少々 違うだろうということで、国語辞典の活用表を確認したところ、『たら』『だら』は過去や完了を表す助動詞『た』の仮定形で、『なら』は断定を表す助動詞『だ』の仮定形ということでした。

※ 今回の記事は、日本語を単語のレベルまで分解して考察するすることが目的ではなく、日本語を母語とする私たちが捉えやすい表現のレベルで考察することを目的としているので、これ以上 細かいことまでは言及しません。

 

そしてもうひとつ、複数の国語辞典には載っていないのですが、次のような表現があります。

 

⑥ 知っていたならなぜ教えてくれなかった。

Why didn’t you let me know while you knew (about) it?

この場合、『知っていた』は明らかな事実であり、『知っていたにもかかわらず』『知っていたのに』などに置き換えられます。英語では while や although などを使う場面です。

 

これとほぼ同じ使い方で以下のものがあります。

 

⑦ 知っているなら早く教えて。/ 持っているなら早く貸して。

これは、仮定の場合と、仮定でなく前提としている場合の2通りが考えられます。

『知っているの?知らないの?知っているなら早く教えて。』なら仮定の意味ですし、『知っているの!? 知っているなら早く教えて。』なら仮定ではなくなります。

 


 

以上、ここまで挙げてきたように、断定の助動詞『だ』の仮定形『なら』や過去の助動詞『た』の仮定形『たら』には、仮定の意味のほかにも複数の意味があり、注意が必要です。

 

中学2年生の英語で接続詞 “ when ”/“ if ” を習う際、“ when ” は『~するとき』、“ if ” は『もし~なら』と区別して習いますが、

⑤ 着いたら電話して。

Call me when you arrive.

⑥ 知っていたならなぜ教えてくれなかった。

Why didn’t you let me know while you knew (about) it?

のように、日本語は『~なら』でも、英語では if では不適切な場合があります。これくらい、中学生でも理解できるのではないでしょうか。中学生がこれを理解できないのであれば、それこそ英語以前の問題であり、国語教育の失敗を意味します。

 


 

3.英語の“ even if ~ ”と日本語の『たとえ~でも』

 

最後にもうひとつの例を挙げます。

 

高校の英語で『 even if ~ たとえ~でも』という【譲歩】の表現を習います。

 

この “ even if ~ ” では時に even が省略されることがあり、その場合【仮定】なのか【譲歩】なのか文脈で判断しなければなならない難しさがあります。

 

この話を聞いた時は、どうして英語のネイティブはこんなにも省略したがるのだろうと思ったものですが、よく考えてみると日本語の『~なら』は、仮定の意味なら『仮に~なら』『もしも~なら』と『仮に/もしも』を伴うことができます。

 

では、譲歩の『たとえ~でも』はというと、『仮に~でも』『もしも~でも』というように、仮定の『~なら』と全く同様に『仮に/もしも』を伴うことができます。

 

また、『~の場合』という仮定の表現がありますが、『~の場合であっても』すると譲歩の意味になります。【仮定】と【譲歩】は意外と近いのかもしれません

 

こう考えると、英語の “ even if ~ ” において even が省略されると言われても、さほど抵抗はなくなるでしょう。

 

更には “ even though ~ ” も “ even if ~ ” と同じく譲歩の意味ですが、それも受け入れられるでしょう。“ though ~ ” は『~だけれど/~なのに』といった逆接の接続詞ですが、

⑥ 知っていたならなぜ教えてくれなかった

の『知っていたなら』が『知ってたのに』『知っていたにもかかわらず』の意味であることを考慮すれば、うなずけるでしょう。

 


 

4.まとめ

 

以上、ここまで中学英語・高校英語を習う時に出てくる日本語の表現『~している』『~なら』『たとえ~でも』について、それぞれの表現が持つ意味や該当する英語表現を見てきました。

 

学校や塾で習うまま、英語と日本語を一対一対応で厳密に覚えてしまうと、現在完了の各用法のような似た部分・共通部分が見えず、全て個別に覚えなければなりません。

 

また日本語から英語に換える際、本質的な意味を分かっていないと間違った英語表現を用いてしまう可能性があります。

 

017【カテゴリー:教育】小学英語は不要であり、国語教育の改善こそが必要である ①でも書きましたが、私たちは物事を考える時、根幹では母語を介して考えます。

 

そして、母語について考察することは第二言語をよりよく理解する助けにもなるのです。

 

英語教育を改革するのであれば、先に国語教育を大きく改善する必要があると言えるでしょう。