018 【カテゴリー:教育・語学】外国語の習得には、その言語の文法と母語に対する見識が不可欠である ②

日本の英語教育は文法に偏りすぎていると言われることがあります。あるいは、実用英語との乖離が大きいことも度々 指摘されます。私立大学の入試英語などで課される 重箱の隅を突くような些末な文法問題は、大学入試のための問題でしかなく、英語を第二言語として習得するうえではむしろ妨げであると言えるでしょう。

 

しかし、10歳あるいはそれ以上になって新たな言語を習得するうえでは、その言語の単語を並べて文を作る際の法則つまり文法は避けて通ることはできません。

 

大学などで第二外国語を学んだ経験のある人なら、初めに挨拶などの表現を習ったときは覚えづらく、ある程度 文法を身に付けてから 初めにならった挨拶の表現に戻ると どのような構造になっているかがすっきり分かるというような体験を誰もがしているのではないでしょうか。

 

第二外国語を学んだことがなくても、中学に上がって初めて英語を習ったときのことを考えれば分かることです。

 

My name is Ben.

I’m from Australia.

I like Japanese food.

Nice to meet you.

 

これらの表現も、主語と動詞などの語順、be動詞や人称代名詞を習ってから見れば、ごく簡単な文だと再認識できるでしょう。(因みに “Nice to meet you.” は、中学3年で習う It is ~ to不定詞の形で It を省略したものです。)

 

このように考えれば、文法が必要であることは当然のことです。

 


 

この記事の構成
1.主語と補語、主語と述語、日本語の『は・が』
2.現在完了で習う already と yet の位置
3.英語の第3文型と第4文型
4.その他
5.まとめ

 


 

1.主語と補語、主語と述語、日本語の『は・が』

 

ここから先では、新情報旧情報の観点から、第二言語、特に英語を学ぶ際に文法が重要となる例を紹介します。

 

そもそも、『新情報』とは その文で最も伝えたい内容、疑問文なら最も尋ねたい内容、話す側・書く側は知っていても聞く側・読む側は知らない内容のことで、『未知情報』ともいいます。逆に『旧情報』は話す側と聞く側が共有している情報で『既知情報』とも言いますし、文の主題と言うこともできます。

 

英語やフランス語などでは、新情報は文中で後ろのほうに、旧情報は文中で前のほうに置く傾向があります。調べたところ、ドイツ語にも同様の傾向があるそうで、いわゆるヨーロッパ言語には広くあてはまるのかもしれません。ただしあくまで傾向なので、英語では文頭に置く疑問詞や、英語の It is ~ that ~、フランス語の C'est ~ que ~ の強調構文など、例外は存在します。

 

① This is the hospital where I was born.

② The hospital where I was born is this.

 

①は『これは私が生まれた病院です』、②は『私が生まれた病院はここです』となり、①と②で、英語は is の前後、主語と補語が入れ替わっており、対応する日本語も主語と述語が入れ替わっています。①と②それぞれ、be動詞の後ろの部分が新情報で、日本語でも同様に述語の部分が新情報です。

 

①は、地図を見ながら あるいはどこかの病院のホームページを見ながら どこかの病院について話している時に、地図上の場所を指して またはホームページを指して、あるいは現地で建物を指して、それまで話してきた『これ、この病院』という話し手と聞き手が共有している旧情報について、『私が生まれた病院である』という新たな情報を付け足しているということです。

 

②は、自分が生まれた病院について話している中で『これです』という新たな情報を付け加えていることになります。ただし、自分がよく行く病院・入院したことのある病院・そのほか自分と何らかの関わりがある病院について話している状況で②のように言えば、私の生まれた病院のこと自体が初めて出てくるため、文全体が新情報となります。

 

では、次の日本語はどうでしょうか。

 

① これ私が生まれた病院です。

③ これ私の生まれた病院です。

 

③の日本語は、①と比較すると助詞の『は』と『が』の違いが主な相違点ですが、それだけでもニュアンスはだいぶ異なります。③の日本語は、私の生まれた病院について話している状況で出てくる文であり、『これ』が特に伝えたい部分つまり新情報です。

 

英語では語順を入れ替えて新情報旧情報を区別しているのに対し、日本語では『は』と『が』を使い分けることで新情報旧情報かが変わってきます『は』の前は旧情報、『が』の前は新情報です。

 

① これは私が生まれた病院です。

② 私が生まれた病院はこれです。

これが私の生まれた病院です。

 


 

2.現在完了で習う already と yet の位置


現在完了で習う already(既に) は通常は have と過去分詞の間に置くのに対し、yet(否定文:まだ 疑問文:既に)は通常は文末に置きます。

I have already bought the latest version.

私はもう最新版は買ってある。

I have not bought the latest version yet.

私は最新版はまだ買っていない。

Have you bought the latest version yet?

最新版はもう買いましたか。

 

中学3年生の教科書では、上記の語順で書かれています。

 

肯定文における『もう既に』はあまり重要な情報ではなく、『最新版は買ってしまった』のほうが重要な情報なので、already は文の前のほう、

 

否定文における『まだ』は肯定文における『既に』と比べるとむしろ重要な情報だから文末、

 

疑問文においては『既に買ってあるかどうか』が聞きたい情報、その中でも特に『既に』の部分が最も聞きたい情報だから文末、

 

こう考えると、中学3年生の教科書に書かれている語順が納得できます。

 


 

3.英語の第3文型と第4文型

 

英語の新情報旧情報について、更に例を挙げます。

 

④ Ted gave Bob a new car.

⑤ Ted gave the new car to Bob.

 

いずれも普通は『テッドはボブに新しい車をあげた』となるため、違いがわかりにくいですが、④では、Bob と a new car では a new car が後ろに、⑤では、the new car と to Bob では to Bob が後ろにあり、どちらも後ろにある項目が新情報である場合が多く、この違いが明確になるように日本語訳を変えるなら

 

④ テッドがボブにあげたのは新しい車です。

⑤ テッドが新しい車をあげた相手はボブです。

 

となります。ただし、上の訳の区別は、違いを大げさにするために施したものなので、文脈次第ではいくらでも変わります。

 

文脈次第では、これまで学校で習ったように

 

④ テッドはボブに新しい車をあげた。

⑤ テッドは新しい車をボブにあげた。

 

と訳しでも何ら問題ないでしょう。

 

ところで、このように訳を変えて日本語で見ても、どちらかというと④では『新しい車を』、⑤では『ボブに』がより言いたい項目だと感じられます。日本語も、多少は旧情報を前に・新情報を後ろに置く傾向はあると言えそうです。

 

尚、a と the の使い分けも新情報旧情報の問題がかかわることが多く、新情報には a を、旧情報には the を用いるため、④では a new car、⑤では the new car としています。

 

ただし⑤であっても、聞いている側がどのような車か知らない状況であれば a を用いることになります。

 

⑥ Ted gave a new car to Bob.

 

この場合、『テッドがある新しい車をあげたんだけど、その相手はボブなんだよ』というニュアンスになりそうです。もちろん、文脈次第では『テッドが新しい車をボブにあげた。』ともなりえますが、どちらにせよ⑥は文全体が新情報と言えそうです。

 


 

4.その他

 

語順以外の例をあげると、既に述べたように a は新情報に、the は旧情報に用います。理由について伝える時に用いる since と because では、since は相手が知っている内容、because は相手が知らない内容、という区別があるため、『~だから』と訳せる since は旧情報を伴い because は新情報を伴うと言えそうです。

 

以上のように英語では、a と the の使い分け、since と because の使い分けのほかに、語順を変えることでも新情報旧情報を区別します。一方 日本語では、助詞『は』と『が』を使い分けるなどの方法で、新情報旧情報を区別することができます。

 

また『初めて出てくるときは a を用いて二回目以降は the を用いる』という覚え方では、Close the door. のように初めて出てくる名詞に the が用いられる理由が説明できません。

 

Close the door. というとき、door がどのドアなのか、言う側も聞く側も共通して認識している、同じドアのことを指していて、the door は旧情報に当たるため、a ではなく the が用いられる、というのがより適切な説明の仕方です。もちろん、初めて出てくるものは新情報であることが多く、二回目以降は話し手と聞き手が共有している旧情報となるため、『初めて出てくる名詞には a を用いて二回目以降は the を用いる』という説明も、ある程度は通用することになるのですが…

 


 

5.まとめ

 

ここまで考えることで、私たち日本人が英語を学んだり教えたりする際、英語の文法や日本語の見識が重要となることが分かるでしょう。

 

そして、前回の記事で書いたように、問題文の意味さえまともに解釈できない高校生が多く見受けられる状況では、今回 書いたような話は中学生にも小学生にも通じないでしょう。そして、小学生や中学生に a と the の使い分けをまともに教えることさえできません。

 

次回は、日本語の表現に焦点を当てて、母語の見識が重要になることを説明します。